町の人は、時計を持たない。タカが通れば、昼だとわかるからだ。

タカというのは、この町でいちばん速い船乗りで、そして、家にいちばん着けない男でもあった。

この町では、いくつもの島が、大きな流れに乗って、ゆっくり輪を描いて回っている。海というか、空というか、とにかく浮いて流れているのだ。やっかいなことに、船には「止まる」仕掛けがない。速さを手放したければ、荷を捨てるか、まん中のおも島のまわりを何度も回って、少しずつ速さを食わせてもらうしかない。

だから岸に着くには、コツがいる。おも島を三回まわって、するすると速さを削り、這うように寄っていく。年寄りも子どもも、みんなそうやって帰る。まっすぐ、というのは、この町ではいちばんの遠回りの別名なのだった。ちなみに、船乗りの自慢でいちばん役に立たないのが速さだと、昔から相場は決まっている。

タカは、それが我慢ならなかった。

三年前、「いちばんの船乗りになって迎えに来る」とハナに言い置いて、町を出た。約束どおり、タカは誰より速くなって帰ってきた。灯りまつりの晩、島じゅうが桟橋に出て待った。ハナも、柱に迎えの灯りを結んで待った。その柱は、昔タカが自分で削って立てたものだ。

沖から、まっすぐ光の筋が来た。速い。おも島も回らず、荷も捨てず、一直線。

「ハナー! ただいまー!」

タカは船の上で、大きく手を振った。それはもう、誇らしげに。そして、そのまま——ハナの島を、ぴゅうっと通り過ぎていった。返事をする間もない。速すぎて、止まれないのだ。

翌日の昼、タカはまた沖から来た。

「今度こそ、ただいまー!」

また、通り過ぎた。手だけは、りっぱに振っていく。

老船頭のゴンが、岸から怒鳴った。「馬鹿もん、荷を捨てろ! おも島を回れ! そうせんと一生着かんぞ!」

だがタカに、荷を捨てるなんて、できない話だった。船いっぱいに、みやげを積んでいたのだ。よその島の反物、めずらしい菓子、ハナに買った櫛。速くて立派になった自分を、まるごと見せに来たのだから、一つも捨てられない。

「次で着く! 見とけ!」と、通り過ぎながらタカは叫んだ。

そうして、四度、五度。タカは律儀に、毎日おなじ時刻に、島の前を通った。どうやら、このぶんだと一生、岸に着かないのではないか。いつのまにか町の人は、それで時刻を計るようになった。「お、タカが三度目を過ぎた。もう昼だ」。畑のばあさんが腰を伸ばし、子どもが飯を食いに帰る。タカは、町いちばんの時計になっていた。もっとも、本人がそれを時計だと思っていたかは、あやしい。たぶん、いまでも「あと一回で着く」と思っているのだろう。

まつりが終わる晩、ハナは桟橋に出た。

沖から、光の筋が来る。相変わらず速い。ハナはふと、握り飯を一つ持って、小舟でするりと流れのまん中まで出た。タカの通り道の、いちばん近くだ。

「はい、タカ」

通り過ぎるタカの手に、ハナは握り飯をぽんと乗せた。ほんの一息、二人は同じ速さになって、隣り合った。

「おう、すまん! 次こそ、ちゃんと着くからな!」

タカは握り飯をかかげて、また、ぴゅうっと行ってしまった。

ハナは小舟の上で、しばらく彼の光を見送った。それから岸へ戻り、柱の迎えの灯りを、ほどいた。小舟に積んで、流れのまん中の浮き柱まで運び、そこへ結び直す。タカが次に通るとき、いちばん近くを、いちばん明るく、通れるように。

おかげで、町の昼は少しだけ早まった。タカが胸を張って「いちばん近い」を通り過ぎる時刻が、ずれたからだ。そして、だれも、それを直そうとはしなかった。