キイじいちゃんは毎朝、黒い石を鉄の棒に打って火をおこす。 ぼくはこのごろ、その石の黒いところが減るのが、どうにも気になってしかたない。

石は「そら石」という。 じいちゃんが子どものころより前に、うちの畑へぽとんと落ちたものらしい。 落ちた朝は、こげくさかったそうだ。 黒くて、手のひらにのるくらい。 どうやら、うちではずっと、朝の火をおこす石として使ってきたようだ。 ちなみに、そら石は文句を言わない。だからみんな、平気でどんどん使う。 打つところだけ、黒い肌がすりへって、灰色がのぞいている。

学校で、石の勉強をした。 先生が言うには、そら石はとんでもなく遠くから、長い長い旅をしてくるらしい。 どれくらい遠いのか、ぼくにはちっとも思いえがけなかった。 おまけに、あの黒い肌は、旅のあいだについたものではないという。 空をつっきって落ちる、さいごのほんの一瞬。 そこで焼けて、黒くなるのだそうだ。 「じゃあ、長い旅のあいだは?」ときくと、先生はねむそうに言った。 「なあんにもつかないよ。外には、こするものが何もないからね」 もっとも、うちのじいちゃんは、星の話になると、まるで気のない顔をするのだが。

つまり、あんなに遠くから来たのに、しるしは、さいごの一瞬の黒いこげだけ。 それを、じいちゃんが毎朝すりへらしている。 ぼくは、なんだかあわてた。 このままだと、石が旅してきたしるしが、ぜんぶ消えてしまうのではないか。

まず、べつの石をひろってきて、そっと横に置いた。 「じいちゃん、こっちの石で火、おこせない?」 「これは火が出ん」じいちゃんは見向きもしない。 つぎに、消し炭で、灰色のところをせっせと黒くぬった。 旅のしるしを、ぼくがおぎなってやったのだ。 あくる朝、じいちゃんがそれを打つと、ぼわっと黒い粉がまい上がった。 じいちゃんの鼻の下が、真っ黒になった。 「ノブ、おまえか」 ばれた。でも、じいちゃんは、なぜか笑っていた。

「そんなに、この黒がいいか」 じいちゃんは石をひっくり返して、裏をぼくに見せた。 裏には、黒いところなんて、もうほとんど残っていない。 つるつるの灰色で、まんなかが、少しくぼんでいた。 「ここ、親指を入れてみ」 言われたとおりに親指をあてると、すぽっと、はまった。 「じいちゃんのも、そのまた爺ちゃんのも、みんなここへ指を置いて打った。だからへこんだんだ」

外を、なんにもつかずに旅してきた石。 それが、うちのいろりの前で、親指のかたちだけ、へこませていた。 遠い遠い旅は、どこにもしるしを残せなかったのに。 毎朝の、ただの火おこしが、石をすこしずつ彫っていたのだ。

「きょうは、おまえが打て」 じいちゃんが、ぼくの手のひらに石をのせた。 親指が、くぼみへすぽっと落ちる。 鉄の棒に、力いっぱい打ちつけた。 ぱちっと火花がとんで、いろりのわらに火がついた。 黒いところは、また爪のはばだけ小さくなった。 くぼみは、ぼくの親指のぶんだけ、少し深くなった。