柿谷が「見つけた」と確信したのは、深夜の一時すぎだった。

モニターに映し出された地形データを、彼はコーヒーを飲むことも忘れて三時間見つめ続けていた。北部低地の縁辺部に沿って延びる、あの平坦な帯状の地形。幅にして数百キロ。こんな規模の棚地形がこんな位置にあるということは、つまり──

「ある」と彼は口に出して言った。誰もいない部屋に向かって。「あったんだ」

海岸線だ。古代の海岸線の跡だ。

興奮を抑えるために立ち上がって部屋を一周した。それでも収まらなくて、廊下の自販機まで歩いた。缶コーヒーを買って、帰りがけに自分が一番嫌いな「熱い」タイプを選んでいたことに気づいた。どうでもよかった。

翌朝、課長の堤に報告した。

「棚地形が確認できます。川デルタの痕跡との位置関係も一致している。これは一時的な水じゃなくて、長期にわたる海の証拠です」

堤は話を最後まで聞いてから、「うん」と短く言った。それだけだった。

「……反応、薄くないですか」

「そう?」

「せめて『すごいね』くらいは」

堤はチェアをわずかに回転させ、柿谷に向き直った。「ちょっと待って」とだけ言ってキーボードを叩き始めた。何かを検索している。数秒後、向こうに画面を向けた。

「これ、見た?」

共有フォルダのファイルだった。作成日は2014年。フォルダ名は「参考資料(旧プロジェクト分)」。

柿谷は画面を引き寄せた。解析レポートだった。北部低地の縁辺部の地形データ。棚状構造の検出。川デルタとの位置的整合性。内容は、昨夜自分がモニターに向かって導いた結論とほぼ同じだった。

「これ……」

「前任の林さんのやつ。あの人、2014年に同じことを同じ場所でやってた。ただ当時は予算審査で優先順位が下がって、論文にならなかった。プロジェクトが畳まれて、資料もフォルダの奥に入ったまま」

「知らなかったんですが」

「うん、最初のオリエンで話したつもりだったんだけどね。あの日、君は遅刻してきたじゃない」

柿谷は何も言えなかった。

確かに着任初日、新幹線が遅延した。ギリギリ滑り込んだ会議室でもらった資料は厚かった。全部読んだ、と思っていた。読んだつもりだったが、フォルダの共有リンクの説明はあのあたりだったかもしれない。

「林さんの解析、精度が当時の機材で限界があって、あなたが昨夜やった現行データとの照合は新しい。だから全部無駄じゃない」と堤は続けた。「ただ、アイデアの起点は林さんのやつと同じになる。共著か参照論文か、ちゃんと話し合う必要がある」

「……林さん、今どこに」

「仙台の別の研究所。元気にやってるよ」

柿谷はまた何も言えなかった。

コーヒーをひと口飲んだ。冷めていた。昨夜の熱が、完全に抜けていた。


その夜、林からメールが届いた。堤がすでに連絡していたらしい。

「柿谷さん、棚地形の件、聞きました。現行データでの検証、ありがとうございます。あのとき諦めた場所を、別の人が拾い上げてくれると思っていなかったので、正直嬉しい。また詳しく話しましょう」

文面は短く、温かかった。

柿谷は返信を書こうとして、止まった。

自分があの夜、一人で発見したと思って昂揚した気持ちと、翌朝に受けた一連のやりとりが、なんだか今になってひっくり返ったような感じがした。発見を奪われた話ではなかった。地形の痕跡と同じで、誰かがそこに先にいた、ということだった。

返信を送ってから、共有フォルダを最初から開いた。全部のファイルを、今度こそちゃんと読もうと思った。