二組の教室には、毎朝八時五分に写真を撮る美術教師がいる。

倉田先生は出勤するとまっすぐ教室に向かい、窓際の後ろから教卓に向けてスマホを構える。フラッシュなし、無言、所要三秒。始業式の翌日からもう二年近く続いていて、写真フォルダには四百枚を超える教室の記録がたまっているらしい。

はじめ、生徒たちは気味悪がっていた。

だが倉田先生には、ちょっとした特技があった。朝の写真を昨日のぶんと並べるだけで、教室の変化を何でも当てる。黒板消しの位置がずれている。掃除用具入れのほうきが一本足りない。花瓶の水が減っている。窓際三列目の椅子の高さが変わっている。

「見比べれば誰でもわかるよ」と倉田先生は言うが、見比べてもわからないレベルの変化まで拾ってくる。先月は、窓際の後藤の筆箱が前日と違うことを朝のうちに見抜いて、落とし物コーナーから本物を救出した。

いつしか二組では「倉田カメラ」と呼ばれるようになった。忘れ物をしたらとりあえず倉田先生に聞け。教室で何か変なことが起きたら倉田先生の写真を見ろ。半分は冗談だったが、半分は本気だった。

「先生、なんで窓側からしか撮らないんすか」

ある朝、中村がきいた。まっすぐ訊くのが中村のいいところであり、面倒なところでもある。

「光の入り方がいいのよ、こっち側は。……朝日が斜めに差すでしょう」

倉田先生の返事は早かった。たしかに二組の教室は東向きで、窓側から撮ると朝日が教室を横切る。構図としては理にかなっているのかもしれない。

中村はそれ以上訊かなかった。

転機は、文化祭の準備だった。倉田先生の指示で教室の写真を展示パネルに使うことになり、中村がデータの受け取り役を引き受けた。倉田先生のスマホから送られてきたフォルダには、四百枚を超える教室の写真が入っていた。

どれも同じ構図。窓際の後ろから教卓に向けて。

中村はふと、一枚を拡大した。

教室はいつも通りだった。ただ、窓ガラスの反射に校庭が映っている。体育の授業で準備運動をしている人影。ジャージ姿で笛を吹いている、隣のクラスの宮本先生。

もう一枚。宮本先生。

もう一枚。宮本先生。

四百枚、ぜんぶ、窓の反射に宮本先生がいた。

中村はフォルダを閉じた。展示パネルには、窓が映らないように正面だけをトリミングした写真を並べた。

翌週の席替えのとき、中村は「おれ窓際がいいっす」とだけ言った。倉田先生は一瞬だけ目を見開いて、中村を廊下側に座らせた。

その次の月から、倉田先生の写真の構図がわずかに変わった。窓の反射が映らない角度。生徒は気づかなかったが、忘れ物の発見率だけが先月の半分に落ちた。

二組では今でも「倉田カメラ」と呼ばれている。ただし最近は、先生の目がちょっと鈍くなったね、と言われるようになった。