三上というのが、まあ普通の会社員で、宇宙ステーション宿泊の抽選に八回落ちつづけた男だ。
そのチケットが、ようやく当たった。
「ね、当たったよ!」と三上は社内チャットに打った。誰も既読をつけない平日の午後三時に、三上は一人でスタンプを押したのだった。
問題は妻だった。
「那須、行こうって言ってたじゃない。子供がずっと待ってんだから」
「いや、それは来月でも——」
「来月に那須が消えるわけじゃないとか言わないでよね、そういうのが一番こたえるから」
妻のセリフはいつもなぜかうまい。三上はなんとなく通話を切り、チケットの申請ページをもう一度開いた。キャンセル不可、譲渡のみ可、と小さく書いてある。こういう制度を作った人は、家族持ちの事情をわかっていないのかもしれない。
会社の同僚・大野は先月、「外れた外れた、もう二度と申し込まない」と騒いでいた男だ。もっとも、毎回申し込んでいるのはみんな知っていた。三上はつい社内チャットに「チケット誰かいる?」と打った。
返信は三秒だった。
「マジで? 貰う貰う、いくら?」
「タダでいいけど、那須土産でいいから」
「え、那須土産?」
「こっちの話」と三上は打ち、スマホをズボンのポケットに突っ込んだ。
翌週、宇宙ステーション搭乗ターミナルで、三上は息子のリュックのチャックを直していた。息子は「ここって宇宙行けるんでしょ」とキョロキョロしている。那須方面行きのシャトルバスが三番出口に来ますというアナウンスが流れた。
隣の窓口で、大野がチェックインバッジを首にかけてこっちを向き、なんかにやりとした。