木下というのが、商店街の端で四十年も中華鍋を振っている男である。

愛想はない。メニューは壁に手書きで、値段が三年ごとに上がる。もっとも、腕だけは確かで、近所の年寄りはたいてい週に一度はここで炒飯を食う。

その木下の鍋に、ちょっと変わったところがあった。

何を炒めても、具材が勝手に中心へ寄るのだ。もやしも、卵も、チャーシューの切れ端も、火にかけて二十秒もすればきれいにまんなかへ集まってくる。ふつうは鍋肌に沿って散るものだろう。ところが木下の鍋だけは、まるで具材どうしが申し合わせたみたいに中央で固まる。

本人は「俺の振り方がいいんだよ」と言っていた。弟子のユウキは半信半疑だったが、黙っていた。

話が変わったのは、地元テレビの取材が決まったときだ。

「木下さんの鍋、すごいですね。あれ、どういう原理なんですか」

ディレクターにそう聞かれて、木下はつい見栄を張った。

「まあ、四十年の勘ってやつですかね」

収録は来週の金曜日。木下はなんとなく不安になった。テレビの前で鍋を振って、もし具材が中央に集まらなかったら格好がつかない。かといって、なぜ集まるのか自分でもわかっていない。

「ユウキ、ちょっとあの鍋見てくれ」

ユウキは理系の大学を出てからなぜか中華料理の道に入った変わり者で、休みの日に鍋の断面をノギスで測るような男である。

「師匠、この鍋、底がへこんでますよ」

「は?」

「ほら、ここ。真ん中がすり鉢みたいになってて……えっと、ミリ単位なんですけど」

ユウキは指で底をなぞった。

「これだと熱で対流が起きたとき、具材が谷に落ちるんです。要するに、地形の問題っすね」

木下は鍋をひっくり返して底を眺めた。たしかに、真ん中あたりに浅いへこみがある。

「いつからこうなってたんだ」

「どうやら、ずっと前からですね」

ユウキはスマホで鍋底の写真を撮りながら、ふと手を止めた。

「師匠、毎朝この鍋でやるあれ、何年くらい続けてます?」

「あれって何だよ」

「おたまで鍋叩いて僕を起こすやつです」

木下は黙った。

ちなみに、この「カーン」という音は商店街のちょっとした名物だ。隣の花屋は目覚まし代わりにしているし、三軒先の豆腐屋は「鳴ったら豆乳を火にかける」と言っている。

「……四十年だな」

「毎日?」

「毎日だ。弟子が来る前は猫を起こしてた」

ユウキは計算を始めた。一日一回、四十年。ざっと一万四千六百回。鉄の鍋底を同じ場所でおたまで叩き続ければ、そりゃあへこむだろう。

「師匠。集まる原理、それですよ」

木下は腕を組んだ。テレビで言えるような話ではなかった。

収録当日、木下はカメラの前で見事に炒飯を作ってみせた。もやしもチャーシューも、やっぱり中央にきれいに集まった。

「四十年の勘ですかね」と木下は言い、ユウキは厨房の奥で肩を震わせていた。

翌朝五時、商店街にいつもの「カーン」が響いた。鍋底のへこみは、また少しだけ深くなった。