カズの灯り木は、まだ親指くらいしかない。

夜になると、そのちっぽけな苗が、蛍ほどの明かりをぼうっとともす。カズは毎晩、それを見張っていた。灯り祭までに、むこうの島の大木に、すこしでも追いつきたい。だから水を、朝も夜もやった。ときどき、こっそり葉を引っぱって、背をのばそうともした。もっとも、そんなことで木がのびるわけもない。

灯り木は、苗から家を照らす大木になるまで、じいさん、父さん、と三代はかかる。水をやって、待つ。それだけのものだった。

「またそれ、見てんの」

のぞきこんだケンが、鼻でわらう。そうして、暗がりのむこうを、あごでさした。

「あっち見なよ、生まれつきの大木。あんなの水やりも、なんもしてないのに、最初っからどーんとあるんだぜ」

海の——というより、空のむこうだった。まっ暗ななかに、島がひとつ、ぽつんと浮いている。その上に、途方もなく大きな灯り木が立っていた。町を昼みたいに照らして、枝の一本一本まで、もうすっかりできあがっている。

「おまえがそれで追いつくより、おれが年とって死ぬほうが早いって」

ケンはけらけらわらって、帰っていった。

だれに聞いても、あの木は「生まれつき」あの大きさだという。苗のころを見た者はいない。ふと気づいたら、もうあの姿で立っていたのだ。

カズは親指の苗を見て、それからむこうの大木を見た。なんだか、水やりがばからしくなってくる。カズは苗の鈴を、そっとはずそうとした。

「はずしちゃ、だめだよ」

うしろで声がした。隣のトメ婆さんだ。トメの家は、何十年もずっと雨戸を閉めきっている。木を育てるのをやめた人、というのが、町でのトメの通り名だった。もっとも、なぜやめたのかを、くわしく知る者はいない。

「その鈴はね、木が夜にさびしがらないよう、結んでやるんだよ。ちなみに、あんたの父さんも、むかし結んでた」

「トメ婆ちゃん。おれ、あの大木に追いつきたいんだ。でも、生まれつき大きいやつに、どうやったら追いつけるのさ」

トメは、暗いむこうの木を、ずいぶん長いこと見ていた。

「追いつくのは、無理だねえ」

「やっぱり……」

「そうじゃない。追いかけっこの相手が、もういないのさ」

「相手が、いない?」

「あんたが見てるあれはね、遠すぎて、いまのあれじゃないんだよ。あの木がちびだったころの明かりは、あんたのじいさんが生まれるずっと前に、とっくにここを通りすぎた。いま見えてるのは、あの木がやっと大きくなった、その晩の光さ」

「じゃあ、いまごろは……」

「さあねえ。いまのあれは、まだだれも見ちゃいない。何百年かして、この町の子が見るんだろう」

トメは、ふところから小さなものを出した。錆びて茶色くなった、古い鈴だった。

「むかし、あの島から枯れ枝が一本、流れついてね。割ったら、幹のいちばん奥に、これがのみこまれてた。ちいさな、子どもの鈴が」

カズは、その錆びた鈴と、自分の苗の、まだぴかぴかの鈴を見くらべた。

生まれつきの大木にも、苗のころがあった。どこかの子どもが、さびしがらないようにと鈴を結んだ。その子だって、ケンみたいなだれかに、わらわれたのではないか。

追いつくも、追いつかれるも、こんなに遠いとありゃしない。そこで、カズはやっと気づいた。この、みすぼらしい親指の苗も、いつか「生まれつきの大木」に見えるのだ。ずうっと遠くの、まだ生まれてもいない子には。育つなかのみっともないところは、遠すぎて、だれにも届かない。

カズは、はずしかけた鈴を、もういちど、きゅっと結びなおした。

トメは、それをじっと見ていた。それから、なんだか決心したように、自分の家のほうへ、ゆっくり歩いていく。

長いこと閉じていた雨戸が、きしみながら開いた。

閉めきった庭のすみに、切り株がひとつあった。トメがむかし、あきらめて切りたおした灯り木の、あとだ。その切り株のわきから、親指よりもっと細いひこばえが、いつのまにか一本、伸びている。てっぺんが、蛍よりもかすかに光っていた。どうやらトメは、ずっとそれを、雨戸のうしろに隠していたらしい。

とどくのは、何百年も先だろう。とどいた晩、遠い島の子はきっと、暗い空をゆびさして言う。「あっ、また一本、生まれてる」と。

トメの庭のちいさな灯りは、暗いむこうへ、まっすぐ流れていった。