遠回りでお願いします、と言う客は嫌いじゃない。

私は十七年この仕事をしている。堀川という名前の、もうすぐ六十二歳になるタクシー運転手だ。なんとなくだが、長年乗ってきたお客さんは顔で分かるようになってきた。ナビの言う通りに走れと主張する人ほど、最終的に遅く着く。もっとも、その事実を指摘したことは一度もない。余計なことを言うのは、この仕事に向かないらしい、と自分でも思っている。

問題の客が乗ったのは、火曜日の朝だった。

「駅まで最短で」と言うなり、スマホのナビを見せてきた。四十代の男性で、スーツがきっちりしていた。鈴木と名乗った、と書いておく。乗ったあとは領収書の話しかしなかったから、名前を聞くのが少し遅れたのだ。

「かしこまりました」

私は黙って走った。最短コースには信号が七つある。ちなみに、朝九時過ぎの時間帯、コンビニ前の一車線区間はほぼ必ず荷物車が止まっている。その日も止まっていた。鈴木さんはナビを見ながら「なんで動かないんですか」と言った。

「荷物の搬入があるようです」

「そんなの毎日ですか」

「この時間帯は、まあ、そうですね」

鈴木さんは黙った。信号でさらに三分待ち、駅に着いたのは三十二分後だった。普段より九分遅い。

翌日、同じ時刻に同じ場所で乗り込んできた。鈴木さんはまた「最短で」と言いかけて、止まった。

「あの、昨日と違うコースはありますか」

「遠回りになりますが」と私は答えた。

「どのくらい」

「距離で一・三キロほど長くなります。でも信号が三つしかありません。この時間は大体二十三分くらいで着くと思います」

鈴木さんは少し考えた。「……じゃあ、そっちで」

遠回りコースを走った。コンビニの荷物車も、長い赤信号もなかった。駅には二十二分で着いた。

鈴木さんはお釣りを受け取りながら、「なんで最初から言わないんですか」と言った。

「お客様が最短とおっしゃったので」

それ以上は何も言わなかった。お互いに。

三日目の朝、また鈴木さんが乗った。窓を閉じる前に言った。

「今日は遠回りで」