太陽系外縁の配送ステーション「ハレー」で、ヤナギは七年間ずっと同じ仕事をしていた。太陽に近づいてくる彗星から採取された氷のサンプルを、地球の研究機関に転送する。梱包して、ラベルを貼って、射出装置にセットする。それだけ。

彗星の氷には、太陽系ができた頃の成分がそのまま閉じ込められている。研究者にとっては宝だが、ヤナギにとっては冷たい石ころだった。週に三回届いて、週に三回送り出す。誰からも感謝されない。研究者たちはサンプルの中身にしか興味がなく、梱包した人間の名前なんて見ていない。

ヤナギがこの仕事を選んだのは、地球から離れたかったからだ。元妻との離婚調停が終わった翌月に応募した。理由欄には「宇宙に興味がある」と書いたが、面接官は笑わなかった。たぶん同じような理由で来る人間を何人も見てきたのだろう。

ある日、定期便ではない小包が届いた。

差出人の欄が空白だった。宛先は「ハレーステーション・配送担当」。ヤナギしかいない。重さは四百グラムほど。振ると、かすかに音がした。液体ではない。固体が緩衝材の中で転がっている感触。

開けてみた。

透明な樹脂のケースに入った、親指の先ほどの石。白っぽくて、ところどころ青みがかっている。見慣れた彗星の氷とは違う。もっと硬くて、結晶質で、内部に細い筋が走っている。

同封されていたメモには、一行だけ書いてあった。

「これは、あなたが七年前に梱包した最初のサンプルの、残りの半分です」

ヤナギは首をかしげた。七年前の最初のサンプル。覚えていない。初日に何を梱包したかなんて、いちいち記録していない。

だがメモの裏面に、日付と管理番号が書いてあった。データベースで引いてみた。

サンプル HY-0001。採取元は彗星 C/2019 K4。採取日は、ヤナギがステーションに着任した日の三時間前。つまり、このサンプルは前任者が採取して、ヤナギが最初に梱包したもの。送り先は東京大学の惑星科学研究室。

研究室のログをたどった。サンプルは無事に届き、分析され、論文になっていた。太陽系形成初期の水の組成に関する発見。引用数は二百を超えている。

論文の謝辞の最後に、一行あった。

「配送担当のヤナギ・ケンジ氏の丁寧な梱包に感謝する」

ヤナギは画面を二度見した。自分の名前が載っている論文を、七年間一度も見たことがなかった。

メモをもう一度読んだ。差出人不明。でも、サンプルの「残りの半分」を持っているのは、採取した研究チームか、分析した研究室しかない。

石をケースから出して、手のひらに載せた。冷たかった。四十六億年前の冷たさだ、と思った。彗星が太陽系の端で凍りついていた頃からの。

ヤナギは石をデスクの上に置いた。それから、久しぶりに梱包用のラベルプリンターの電源を入れた。ラベルを一枚刷った。

宛先は東京大学・惑星科学研究室。差出人はヤナギ・ケンジ。中身の欄には「返信」とだけ書いた。

何を送るか、まだ決めていなかった。でも、送り返すものがあるということだけは、はっきりわかっていた。

デスクの石が、ステーションの照明を受けて青く光った。彗星のイオンテイルと同じ色だった。