午前3時17分、端末が鳴った。

重力波アラート。自動検出パイプラインが信号を拾い、全世界の観測所へ通知を飛ばしたのだ。永山はコーヒーカップを置き、画面に目を移した。

チャープ信号。周波数が急上昇し、数百ミリ秒前に合体に達している。質量1: 6.2太陽質量。質量2: 1.4太陽質量。中性子星とブラックホールの合体。このタイプの検出はまだ片手で数えられる。

波形データをダウンロードし、解析コードを走らせた。合体の8秒前からの信号がきれいに残っていた。2つの天体が互いの周りを何百回も回りながら近づき、回転が速まるにつれ波の間隔が狭まる。ヘッドホンで可聴域に変換すると、低い唸りが甲高い叫びに変わって途切れた。

合体後のリングダウンに入る直前、波形にわずかな乱れがあった。

0.3ミリ秒。通常のリングダウン振動とは周波数が違う。まるで二重の振動が重なっている。ノイズにしては規則的すぎた。

永山はメモ帳に計算を書き殴った。中性子星の固有振動モードと比較する。一致しない。既知のどの天体物理現象とも合わない。

解析ログに「要再検証」と入力した。備考欄にはこう書いた。

「この周波数パターンは、既知のどの天体物理現象とも一致しない。」


翌朝、交代で来たポスドクの三浦が画面を覗き込んだ。

「永山さん、この0.3ミリ秒の件。ハンフォードとリビングストンで同じパターンが出てます。ノイズが偶然一致する確率は」

「わかってる」

三浦は何か言いかけたが、やめた。永山もジャケットを羽織って帰るつもりだった。だが三浦がもうひとつ画面を開いた。

「あの、昨日の夕方にイタリアのVirgoチームが流してたプレプリント、見ました?」

見ていなかった。三浦がリンクを開いた。タイトルに目が止まった。

「中性子星-ブラックホール合体における潮汐破壊直後の0.2〜0.4ミリ秒振動モードの理論予測」

永山は立ったまま要旨を読んだ。中性子星がブラックホールに引き裂かれる瞬間、破片が事象の地平面に落下する直前に最後の振動を起こす。その振動パターンは中性子星の内部構造——核の密度、クォーク相の有無——を直接反映する。理論上は検出可能だが、これまで実際の波形で確認された例はない。

「論文の図4、見てください」

三浦がスクロールした。理論モデルが予測する波形パターン。永山は自分の解析画面と見比べた。

一致していた。周波数も、持続時間も、二重振動の構造も。

永山はゆっくり椅子に座り直した。

「これ、もし本物なら」

「世界初の検出です」

永山は黙った。9億年前、どこかの銀河で中性子星がブラックホールに飲み込まれた。最後の0.3ミリ秒、引き裂かれながら星の中身を振動として刻んだ。中性子の海の底に何があったのか。それがこの波形に残っている。

「……三浦」

「はい」

「論文にするぞ。Virgoの連中より先に検証データを出す。今日中にドラフトだ」

三浦は目を丸くした。「永山さん、帰るんじゃ」

「帰らない。コーヒー買ってこい」

永山はジャケットを脱いだ。三浦が廊下に走っていく足音を聞きながら、もう一度波形を再生した。

0.3ミリ秒の振動。星の遺言だと思っていたものは、星の解剖記録だった。中性子星は最後の周回で、自分の中身を宇宙に晒した。9億年かけて届いたそれを、読めるのは今だけだ。

永山はキーボードに手を置いた。夜勤明けの眠気は、きれいに消えていた。