帰還後の記者会見は、ヒューストンの第3プレスルームで行われた。
4人の乗組員が壇上に並ぶと、フラッシュが一斉に焚かれた。船長のデイヴィスが咳払いをした。ミッション中ずっと冷静だった男が、やけにそわそわしている。
「まず報告があります」
広報担当のモリスが割り込もうとしたが、デイヴィスはそれを手で制した。
「月の裏側で、あるものを見つけました」
会場が静まった。NASAの広報責任者が、袖から何か合図を送っている。デイヴィスは無視した。
「裏側を通過中、船外カメラに映ったんです」
スクリーンに画像が映し出された。灰色のクレーターが連なる月の裏側。その中に、妙に整った長方形の影がある。会場がざわついた。
「何かの構造物ですか」と最前列の記者が叫んだ。
「いえ」とデイヴィスは言った。「看板です」
画像が拡大された。長方形の影は、たしかに看板のような形をしていた。そこに何か書いてある。文字は読めない。解像度が足りない。
「降りて確認したのかと聞かれそうですが、今回は周回ミッションなので着陸はしていません」
会場は混乱していた。モリスが必死に何かメモを渡しているが、デイヴィスは続けた。
「ただし、この画像をAI画像解析にかけたところ、文字を部分的に復元できました」
スクリーンが切り替わった。ぼやけた文字列が表示されている。
会場が凍りついた。
「ご覧のとおりです」とデイヴィスは言った。
スクリーンには、こう書いてあった。
“THIS SIDE INTENTIONALLY LEFT BLANK”
(このページは意図的に空白にしてあります)
三秒間の沈黙のあと、副船長のチェンが吹き出した。残りの二人もこらえきれず笑い始めた。
「すみません」とデイヴィスが言った。目尻に涙が浮かんでいる。「6日間、宇宙船の中で4人きりだったもので、つい」
画像はAIで生成したジョーク画像だった。
モリスが頭を抱えている。広報責任者は壁に寄りかかって天を仰いでいた。記者たちは半分が笑い、半分が怒っていた。
後日、NASAは公式声明を出した。「乗組員の行動は不適切であり、厳重注意とした。」
しかしその画像は、ミッションの科学的成果をはるかに超える速度でインターネットを駆け巡った。
翌月のNASAグッズショップには、“THIS SIDE INTENTIONALLY LEFT BLANK” と印刷されたTシャツが並んでいた。売上はアルテミスII全公式グッズの中でトップだったという。
デイヴィスはその後のインタビューで、こう語っている。
「月の裏側を見たとき、本当に何もなかったんです。クレーターだけ。それが逆にすごかった。何十億年もの間、誰にも見られなかった場所。あの静けさを伝えるには、真面目な言葉じゃ足りなかった」