うちの市が「通り抜け手当」を始めたのは、四月のことだった。

なんでも、目には見えないけれど確かに存在する何かが、毎秒数兆個の単位で私たちの家を突き抜けているらしい。壁も、屋根も、人間の体も関係なく、するっと通り過ぎていく。市はその通過数に応じて、月額で手当を出すという。

息子の塾代が値上がりしたばかりだった私は、つい説明会に申し込んだ。

会場で配られた検知器は、手のひらサイズの白い箱で、液晶に数字がひっきりなしに動いていた。担当の職員が「設置して記録するだけで結構です」と言ったので、私はその日のうちにリビングの棚に置いた。

数字は、もう少し落ちついたものを想像していた。

朝起きると、表示は「2,417,836,000,000」。つまり約二兆四千億。しかも見ているあいだにどんどん増える。私は家計簿の余白ページを開いて、日付と数字を書き始めた。小数点以下の桁まで、一日も欠かさず。

「テキトーでよくない?」

息子が肉じゃがをつつきながら言った。

「テキトーって何よ」

「いや、だって二兆って。一の位とか関係なくない?」

もっとも、息子の言い分にも一理はあるのだろう。でも私は銀行の端数を四捨五入されるのも好きじゃない。正確に記録して、正確に申請する。それだけのことだ。

三ヶ月後、私は段ボール箱いっぱいの家計簿コピーを市役所に持ち込んだ。九十二日ぶん。数字は全日、小数点以下第二位まで記入してある。受付の若い職員は箱を受け取りながら、ちょっと目を見開いた。

二週間後、書類が返ってきた。

赤い付箋が一枚、貼ってある。「数字が正確すぎます。次回ご提出の際は、概数に丸めてくださいますようお願いいたします。」

やっぱりそうなるのか、とは思わなかった。思ったのは、「丸める」というのは、どの位から丸めればいいのか、ということだ。兆の位か。億の位か。それとも万か。付箋にはそこまで書いていない。

私はなんとなく市役所に電話した。担当者は不在で、折り返しはなかった。

翌朝、私は生まれて初めて検知器の電源を三十分だけ抜いて、家計簿の空欄に「だいたい二兆」と書いた。