中村というのが、木星の衛星イオの居住区で小さなコインランドリーを営んでいる。洗濯機は六台。うち二台は、避雷針の根元がうっすら焦げていた。
ちなみに、向かいにあったクリーニング屋は雷対策で地下に移転したが、湿気がひどくて三ヶ月で畳んだ。中村はそれを見て、地上で踏ん張ることにしたらしい。どうやら、この判断が正しかったのかどうかは、八年経った今もわからない。
木星圏の雷は、地球のものとは比べものにならない。中村の店では月に一、二回、洗濯機が感電して止まる。修理代はだいたい三万円。年間にすると、なかなかの出費だ。
だから中村は、保険に入っている。「木星圏落雷被害保険」。月額八千円で、落雷による家電故障をカバーしてくれる――はずだった。
三台目の洗濯機が止まった日、中村は保険会社に電話した。
「あの、また四号機なんですけど」
「お客様、ご契約番号をお願いいたします」
番号はもう暗記している。
「確認いたしました。それでは、被害状況をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「落雷で洗濯機が止まったんです。先月と同じ」
「……少々お待ちくださいませ」
保留音が流れる。中村はつい受話器を肩に挟んで、焦げた避雷針を指で撫でた。
「お待たせいたしました。当該事象は分類コード『自然放電・日常』に該当いたします。災害欄の適用外となっておりまして――」
「いや、それ先月も聞いたよ。雷で壊れてるんだから災害でしょ」
「木星圏におきましては、落雷は月平均十二件発生しておりまして、日常的自然現象に分類されております」
中村は何か言おうとして、やめた。もっとも、この会話は三回目なので、驚きのようなものはとうに消えている。
「じゃあ何のための保険なんですか」
「ご安心ください。隕石の衝突につきましては、全額カバーされます」
隕石なんか降ってきたら、洗濯機どころの話じゃない。中村は受話器を置いて天井を見上げた。
そういえば、常連の原田が先週、妙なことを言っていた。
「中村さんとこで洗うと、シャツがぱりっとするんだよねえ。なんだか静電気っていうか、こう、しゃきっとしてさ」
中村はそのとき適当に流したのだが、あの「ぱりっと」は、たぶん雷のせいだろう。洗濯中に微弱な放電を浴びて、繊維が帯電しているにちがいない。
二週間後、保険会社から封書が届いた。
中村は封を切って文面を読み、読み返し、もう一度読んだ。
「――当社は、貴店における落雷を『洗濯工程の一環』と認定いたしました。つきましては、本事象は保険の適用除外となりますが、貴店のサービスに『帯電仕上げ』の名称を使用する権利を無償で付与いたします。なお、月額保険料は据え置きとなります」
中村はしかたなく笑った。保険料は取られる。保険は降りない。代わりにもらったのは、名前だけだ。
翌日、原田がやってきて、看板の隅に「帯電仕上げ」と渋い顔で書き足す中村を見て目を丸くした。
「おっ、帯電仕上げ? いいねえ、それ」
原田は嬉しそうに、いつもより百円高い料金を払った。中村はその百円玉を眺めて、なんとも言えない顔をしている。保険会社への月額八千円は、来月も引き落とされる。