田島が不在証明局に着任して15年になる。

仕事の内容は単純だ。「今日、この地域に何も来なかった」という証明書を、毎朝8時45分に発行する。宇宙線通過事務所が前日分の計測データを送ってくる。田島はそれを確認して、ハンコを押す。以上だ。

世間はほとんどこの仕事の存在を知らない。知っていても「なんのために」と問い返してくる。田島自身、最初の3年ほどはそう思っていた。

「何も来なかった証明が、なんの役に立つんですか」

先輩の松田課長は、お茶を一口飲んでから答えた。 「役に立たない日が続くほど、この仕事は正しく動いてる」

それきり田島は聞かなかった。

証明書の書式は変わっていない。宛名欄と日付欄と、大きく「異常なし」と印刷された文字。その右下に田島のハンコ。毎朝8時45分。土日も祝日も関係ない。15年で5,475枚が積み上がった。

どの日も同じだった。なんとなく、それが永遠に続くものだと思っていた。

今朝、8時43分に宇宙線通過事務所から電話がかかってきた。 「田島さん。今日、ちょっと来てます」

ふと聞くと、声に笑いが混じっていた。

「来た、というのは」 「来ましたよ。すごいのが」

データが届いた。田島は数字を見た。三度見た。どうやら、本当に来ていたらしい。どこか遠い宇宙の爆発が、何十億光年もかけて放った何かが、昨夜のうちに地球の地下深くで捕まっていた。松田課長が退職の日に「これが来たら歴史的だ」と言っていたやつだ。

田島は書式を取り出した。宛名欄を埋めた。日付を書いた。

「異常なし」の文字の前で、ペンが止まった。

今日は「異常なし」ではないのだろう。

「田島さん、証明書は」と電話口の声が続けた。 「今日は出せません」と田島は答えた。

短い沈黙があった。

「15年で初めてですか」 「そうです」

電話を切ってから、田島はしばらくそのままでいた。

窓の外で、朝の光が普通に差し込んでいた。何十億光年も飛んできた何かが、昨夜のうちに地球を通り抜けて、誰にも気づかれないまま消えていった。ただ一か所を除いて。

田島は新しい書式を一枚取った。「異常なし」の文字を、ゆっくり二本線で消した。