配達の仕事を始めて十四年になる。

軌道上の配達だ。地球低軌道から月面基地、たまにL2ポイントまで。届けるのは資材、食料、実験機器。ごくまれに手紙。手紙のときだけ、少し気分がいい。

その日の依頼は変だった。届け先が空欄だった。

発送元は国際宇宙物流機構。正規の依頼書だ。荷物は20センチ四方の小さな箱、重さはほとんどない。伝票には「内容物:記録媒体」。届け先の欄は空白で、備考に一行。

「最も遠くへ。」

管制に問い合わせた。「依頼通りに。」素っ気ない返答だった。

桐生は積荷を降ろしてから、月の裏を回って地球の反対方向へまっすぐ飛んだ。三日間。誰ともすれ違わなかった。通信が途絶えたあたりで、窓の外が変わった。変わったというか、何もなくなった。星は見えるが、それは「何もない」と同じだった。

燃料が折り返しぎりぎりになったところで、桐生は箱を開けた。届け先がないのだから、中身を確認して配達完了とするしかない。

金色の円盤が入っていた。歴史の授業で見たやつだ。1977年に打ち上げられた探査機に積まれていた、人類の音楽と声と画像を記録した円盤。ただし裏面の刻印は「2026年版」だった。

添えられたメモを読んだ。

「前回は遠くへ届けることに精一杯で、届いたか確認できませんでした。今回も届くかはわかりません。でも、届けるという行為そのものに意味があると、48年越しに気づきました。」

桐生は円盤を箱に戻し、船外に固定した。ここから先は慣性で飛ぶ。配達完了だ。エンジンを反転させて帰路についた。


地球低軌道に戻ったのは六日後だった。

管制から入った連絡は配達の礼ではなかった。桐生が不在の間に、軌道帯の交通規制が変わっていた。衝突回避リストが更新されている。新たにデブリとして登録された物体が三千個。

「どこの?」

「先週廃棄された通信衛星群の破片です。軌道高度480キロ帯。桐生さんの通常ルートにかかります」

桐生は軌道図を見た。自分がいつも使う配達経路が赤く塗りつぶされている。迂回ルートは燃料を1.4倍食う。採算が合うかどうかは微妙なところだった。

「で、この衛星群、なんで廃棄になったんですか」

「運営会社が倒産しました。回収義務を負う法人がなくなったため、そのまま放置です」

桐生はモニターを消した。

六日前、人類は48年越しの記録を「最も遠くへ」送った。その間に足元の軌道はゴミで埋まり、いつもの配達ルートが一本消えた。

遠くに届ける夢は立派だ。桐生にも少しだけわかる。だが自分の仕事は遠くじゃない。近くだ。低軌道から月面まで、毎日同じルートを往復して荷物を届ける。そのルートが今日、三千個の破片で塞がれた。

桐生は新しい軌道図をダウンロードして、迂回路の燃料計算を始めた。

遠くへ飛んでいく金色の円盤は、このゴミに当たる心配だけはない。桐生のいる高度よりずっと上を、何事もなく通過していったはずだ。

管制から次の配達依頼が入った。届け先はちゃんと書いてあった。月面基地の資材倉庫。桐生は迂回ルートを入力し、エンジンを点火した。