安西拓也というのが、どうにも不思議な社員だった。
配属された部署の業績が、なぜか上がる。平均で十二パーセント。安西がいる間だけ数字が跳ね、異動した翌月にはきっちり元に戻る。三年で五つの部署を渡り歩いた結果がどうなったか。人事課長の梶さゆりはこの現象を折れ線グラフにまとめ、自分のデスクの脇に貼って「心電図」と呼んでいた。
もっとも、安西本人がそれを誇りに思っていたかというと、まったく逆だったらしい。
「僕、ファイリングしかやらせてもらえないんですけど」
安西は梶に異動のたびにそう訴えた。どの部署でも扱いは同じだった。課長が申し訳なさそうに「安西くん、いてくれるだけでいいから」と言い、デスクを用意し、資料の整理だけを頼む。安西はきっちりファイリングをこなし、それ以外の仕事には決して呼ばれなかった。
「一回でいいから、企画書とか書いてみたいんですけど」
梶は安西の人事ファイルをぱらぱらめくりながら、「書かなくていいのよ、あなたは」と言った。梶はたいてい結論を先に言う人で、理由は後から、しかも半分くらいしか教えてくれない。
安西が不思議がるのも無理はなかった。五つ目の部署で安西が唯一やり遂げた仕事は、ちなみに、コピー機のトナー交換である。それも総務の人に「やらなくていいですよ」と止められかけた。
からくりは単純だった。
安西がいると、周囲がなんとなく真面目に働くのだ。理由は誰にもわからない。安西は特に厳しいわけでも、監視しているわけでもない。ただ静かにファイリングをしている。それだけで、隣の席の先輩は居眠りをやめ、向かいの係長は午後のスマホいじりを自粛し、奥の部長はつい日報を丁寧に書いてしまう。
どうやら、安西には「いるだけで人を少しだけきちんとさせる」という、本人にはどうしようもない才能があったらしい。もしかすると、あの異様に整ったファイリングのせいかもしれないし、背筋が妙にまっすぐなせいかもしれない。本人に聞いても「え、僕ですか?」と困るだけなので、真相は藪の中である。
三年目の秋、安西は辞表を出した。
「僕、このままだと何も身につかないまま三十になるんで」
梶は止めなかった。止められないことくらい、心電図を見ていればわかる。安西の引き継ぎノートは、五冊とも白紙だった。後任の社員が「これで引き継ぎ完了ですか?」と聞くと、安西は深く頭を下げて「すみません、書くことがなくて」と言った。
翌月、五つの部署の業績が一斉に落ちた。居眠りが戻り、スマホが戻り、日報が雑に戻った。部署長たちは会議で顔を見合わせ、誰からともなく「安西ロス」という言葉が漏れた。
梶はグラフの右端に、がくんと下がった線を書き足した。それから少し考え、パソコンに向かった。
翌朝、社内イントラの求人欄に新しい職種が載った。「巡回専門職(仮称)」。業務内容の欄には「各部署に一定期間在籍すること」とだけ書かれている。必要な資格もスキルも経験年数の記載もなく、応募条件の欄には、たった三文字――「特になし」。
初日に、三つの部署から配属依頼が届いた。